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わたしまでうれしくなったイギリスロイヤルウェディング♪

ウィリアム皇太子、ケイトさんご成婚おめでとうございます

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昨日、2011年4月29日はイギリスウィンザー王朝にまた新たな歴史を刻んだ一日でしたね。

イギリス国民に大人気の2人の結婚式はこの暗いご時勢にほんのちょっと光をさしてくれるものでした

故ダイアナ妃のド派手結婚式と違い・・・

全体的に質素に決まっていて高感度アップ!
特にケイトさん(昨日からキャサリン皇太子妃・ケンブリッジ公爵夫人)のウェディングドレスとちっちゃなブーケも人柄が偲ばれる庶民的なもので素敵!

このフレッシュな2人のおかげで王室支持率ガガァ~ンと急上昇(エリザベスⅡも胸をなでおろしているはず)

イギリス王室の貴重動画をもっと見たい人はBBCがいいですよぉ~BBC News Royalwedding

(これまでずっと離婚続きのイギリス王室なので・・・)
離婚しないでねぇ~と祈るMiwakitzでしたぁ~

おまけ
招待されたエルトン・ジョンですが・・・あんなに何度もツーショットだったのに日本の報道ではエルトン・ジョン夫妻とはひとこともいわなかった!同性同士の結婚はヨーロッパでは正式に認められているのに日本のメンタリティーそこまで追いつかず!

ビクトリア・ベッカム・・・相変わらずデシタネ!
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theme : 海外ニュース
genre : ニュース

幸せだったマリアおばあちゃん

昨日は先日(8月14日)なくなったマリアおばあちゃんのうちにお悔やみを言いに行って来ました。

といっても、仏壇があるわけでもなくお線香をあげられるわけでもありません。

家の中には写真が飾ってあるわけでもないので日本人の私としては何をどうしてよいのやらちょっと困り果てましたが、何はともあれお悔やみを言って写真を何枚かPCの方に送ってもらいました。

今日はその写真でマリアおばあちゃんの人生を振り返ってみたいと思います。

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家族と一緒にクリスマスを楽しむマリア(2005年のクリスマス)

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9歳のマリア(プリメラコムニオンのお祝い)

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婚約時代のマリア(たぶん20歳前)

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結婚式のマリア!白いウェディングドレスがシンプルで素敵!

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長女出産直後のマリア
(この赤ちゃんと次の男の赤ちゃんは小さい時病気で死亡したそうです。)
マリアさんはこのあと2人の子供に恵まれ、孫も3人。家族に囲まれた幸せな人生でしたね。

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2005年パリのエッフェル塔にて(孫のライアちゃんと一緒)

今頃は天国でまたご主人と一緒に楽しくやっていることでしょう!

今回は私の個人的な知り合いのことを記事にしてしまいましたが、国を超えて仲良くなった人の死はやはりつらいものですよね。
いまだにこの写真を見ていると涙ぐんでしまいますが、マリアの天国での新しい人生を静かに見守っていきたいと思います。

MARÍA JESÚS JOSA BALLESTER (享年72歳)
Foto0735.jpg
Miwakitzでしたー
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今日も読んでいただきありがとうございました。

theme : 女性ポートレート
genre : 写真

カタルニアの上隣はオクシタニアですがご存知でしたか?

再三コメントしていますが、バルセロナにはカタルニア語という言語があります。

学校はもちろんカタルニア語で進められ、地下鉄やバス停の表示、スーパーのチラシなどなど・・・それこそ何から何まで全部カタルニア語なんです!

カタルニア語のテレビチャンネルは2チャンネルあって、最新日本アニメはこのカタルニア語の局で主に放映されています。

しかも学校の先生や市役所の公務員などには完璧なカタルニア語教養が求められるので、カタルニア以外のところからバルセロナに来て先生や公務員になりたければ、資格を持っていても言語テストをクリアしなければなりません(←これ難易度スーパーでほとんどクリアできる人いません。で先生不足というわけ・・・)

さらに、生粋のカタルニア人で日常的にカタルニア語を話す年配の方などでも読み書きは出来なかったりします。これは1975年まで続いたフランコ独裁政権でカタルニア語が禁止されていたという歴史からきています。

フランコの死後、地方分権になった現代スペインでは4つの言語が公用語として認められています。つまり方言とかではなくちゃんと公的に認められた言語なんです。
その4言語とは、カスティリア語(いわゆるスペイン語)、カタルニア語、ガリシア語、バスク語です。

だからって街中でカタルニア語がガンガンはなされているのかというと・・・・

実はスペイン語が断然優勢!なんです

今30歳ぐらいから下の層はこのカタルニア教育の申し子なので、友達同士でもカタルニア語でという人たちが増えてますが、それより上は俄然スペイン語。しかも両親が地方出身者であれば当然日常語もスペイン語になりますよね。
(歴史的にバルセロナは産業革命の当時から経済的にも潤っている大都市です。その関係で昔から常に地方からの労働人口の流入がありましたし、今では中南米からの移民も後を絶ちません。ということはやっぱりカタルニア語を話さない人が圧倒的に多いということなんですね。)

複雑!

ややこしい!

カタルニア政府がどんなにカタルニア語を推し進めてもカタルニア語1本にはならないなんて日本人には考えにくい!

学校では同時進行、同レベルでカタルニア語とスペイン語の2言語が教育されています。ですからカタルニアの子供たちはみんなバイリンガルというわけ・・・(←全然うれしくないバイリンガルだわね

なぜこんな話をしたかというと、ヨーロッパにはこのようにたくさんの言語が存在します。ですから国境以外に言語の境界線みたいのがあるんです。

例えばカタルニア語はカタルニア地方、バレアレス諸島、バレンシア地方とイタリア・サルディニア島の一部で話されています。(それぞれは完全に同じではなく多少方言的なっていますが・・・)

実はスペイン国境に近いフランス側の一部はフランスカタルニア地方でカタルニア語を話すのですがフランスは1国家1言語を強力に推進したのでフランスでの公用語はあくまでフランス語のみとなっています。

そしてフランスの国土の約3分の一、南フランス一帯をオクシタニアと呼び、フランス語ではなくオクシタニア語(オック語)が話されていました。
スペインのように多言語国家であればカタルニア語のように今でもオック語を耳に出来たんでしょうがはっきりいって風前の灯です。
私がトゥールーズというフランスの街にいった経験で話させてもらうと、古い外壁などに刻まれた通りの名前や数字などはすべてオック語で書かれていてかなりカタルニア語に近い感じの言語と感じました。っていうかカタルニア語がフランス語に近い言葉なのでなんかこの3言語ほとんど同じだなという印象。相互理解可能なぐらいの近い言語です。

200px-Occitanie_svg.png
これがオクシタニアの領域
ワインで有名なボルドー地方や南プロヴァンス地方一帯全部入ります。
領域に入っていないスペイン国境に接している2つの地域がフランスカタルニアとフランスバスクです。

最近日本ですごく人気のあるロクシタン・・・・皆さんは使っていますか?
これはオクシタニアのものという意味のオクシタンに定冠詞がついた言葉です。
南フランスプロヴァンス地方の商品ですよ、みたいな感じですね。

最近ちょぼちょぼ増えているロクシタンの店を見かけたら、こんなヨーロッパの言語の話をちょこっと思い出してもらうとうれしいです。

Miwakitzでしたぁー
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短いブログを書く努力してるんですが、いつも長くなりがち・・・・反省してるんですが・・・・
こんどこそ短く!が目標です!
今日も読んでいただきありがとうございました。

theme : ヨーロッパ
genre : 海外情報

スペイン国王70歳!

スペイン国王、フアンカルロス1世は最近ベネズエラのチャベスに言った「ポルケノテカヤス?(少し黙ったらどうなんだね!)」の言葉でちょっと話題の人ですよね!うちの子供たちも一時、毎日のようにその言葉をおもしろがって使っていました。例えば私が「早く宿題やっちゃいなさい!」とか「早く歯磨きなさい!」などというとすぐその言葉を使う始末(余談ですがその経済効果はなんと2億4千万円だったそうですよ!)。そのフアンカルロス1世が先日1月5日に70歳の誕生日を迎えました。午餐会の招待客は約400人、全員に挨拶と握手したはずだから、かなりお疲れになったのではないかとお察しいたします。

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8人の孫たちに囲まれたフアンカルロス1世とソフィア王妃

フアンカルロス1世は1938年ローマ生まれ。なんでローマ生まれかというと、彼のおじいさん(アルフォンソ13世)の代までかろうじて細々と続いていた王政がスペイン革命で終わって王室ファミリーは当時のイタリア王国ローマに亡命していたから。その後イタリアは第2次世界大戦で負けて共和制になり王室は国外追放、貴族制も廃止、スペイン王室は再びスペインに戻ることに。フアンカルロス1世は10歳で生まれて初めてスペインの土を踏んだというわけ。ほんとうにややっこしぃー!

スペインの近代史はクーデターやら王政復古やら、ナポレオンまで介入してきてかなり複雑。しかもそこにはいつもカタルニア問題有りときてるから、カスティージャとカタルニア問題って根が深いんですねぇー!ここではその辺のことは省きますが、要はフランス革命やロシア革命のように王室は皆殺しにはならず、なんとか生きながらえてきたということ。しかもハプスブルグ家が終わった後のスペイン王室はブルボン家。太陽王ルイ14世(ヴェルサイユ宮殿を造った人ですね!)の孫フェリペ5世から始まるれっきとしたフランスブルボン王朝の直系ときてるからこれまたすごい!
そのような血統を持つフアンカルロス1世。実は独裁者フランコの後継者としての教育を受けているので、フランコの死後独裁政権を続けるかと思われました。でも彼は一転して自ら民主化を推し進め立憲君主国の基礎を築いたというわけ。もって生まれた器でしょうか?彼は近代スペインの偉大な功労者であると私は思うのですが、皆さんはどう思われますか?

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プロフィール

Miwakitz

Author:Miwakitz
9年間のスペイン・バルセロナ生活を経て日本の生活も早1年半近く!
バルセロナではローマと中世を中心に街歩きが趣味、だから日本では幕末関係の史跡を中心に街歩きをと楽しみにしていたのに多忙すぎる毎日で実行できず終い・・・

「龍馬伝」が終わってもこの1年も「龍馬伝」引きずりそうで~す。

食に関してもそれ以外のことでも本物志向!これからも貫きます!

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